スペインの宇宙食/菊地成孔文庫版 p264

(前略)
純粋に戦場であるような音楽がやりたい。


こんなことは言うのもアホらしいが、愛と平和の名の下に実際の戦争に反対するか、或いは逆に国家に対する誇りと自信を獲得しようという考えから実際の戦争に賛成するとか、そろそろ戦争が来るぞと平和ボケの大衆に警鐘を鳴らすとか、実際に起こっている世界のどこかの戦争を見てお前らはどう思うんだと問いただすとかいうつもりはさらさら無い。


僕にとって戦争とはこうやって反対したり推進したりイデオロギーによってコントロール出来るものなどではなく、ある日突如として不条理にやってきては否応もなく巻き込まれる悪夢的な存在で、一度始まってしまったらとにかく命がけで動き回る以外にすることは何もなく、とにかく自然に収束するまではそれが続く。
その間には膨大な意志と遂行、その頓挫と混乱が無秩序に繰り返され、死ぬか致命的な負傷を負うか、もしくはかすり傷ひとつなく済む。
そういうものだ。戦争はいつか来るだろうが、それがいつで、どうなるかなんて誰にも解らない。
軍事アナリストであろうと大統領であろうと役には立たない。
僕は戦争をそういうものだと思っている。
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# by aknrkym | 2009-08-12 18:45 | a book

from BRUTUS 09.08.15 p44

岡本太郎が帰国後、目の当たりにしたものは、奈良時代の仏教美術をはじめ、「日本の伝統」として今日恭しく語られている芸術のほとんどが、中国大陸や朝鮮半島から輸入された文化のこぢんまりとした亜流でしかなかったという事実であった。
そして、その価値と権威を支えているシステムの中に、現在に至るまで日本が抱える一種の「奴隷根性」的心性を見出し、絶望感に苛まれる。
そんな太郎にとって、51年の縄文土器との出会いはまさに青天の霹靂であった。
その奇怪さ、野蛮さ、力強さ。
太郎はそこに、原初的な美の力を看取する。
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# by aknrkym | 2009-08-06 20:50 | magazine

from 映画『東京少女』



文学とは、人の心を打つもの。
生きている人間は未来を見つめていかなきゃだめだ。
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# by aknrkym | 2009-07-28 19:09

MAC POWER 2007.02 p94

Wii、新しさのカタチ  普通の感覚を大切にしたゲーム開発


なぜ、未来を語らないWiiのほうが、未来ばかりを語るPS3よりも「新しい!」「これぞ未来!」と思われるのでしょう?

実は、本当に新しいことを人間は「認識」することはできません。
人が何かを「新しい!」というとき、たいていは何かの問題が解決されたとき、みんなが探し続けている答えを理解できるカタチで提示したときなどに、ひとはそれを「新しい!」と思うわけです。
逆にそうじゃないものは、新しさを理解させるために、説明、あるいは解釈が必要になる。
PS3の箱を開けると、僕らは新しさの理由を探し始めないといけなくなる。
一方のWiiは、素朴な楽しさ、単純な楽しさを追求したわけで、「新しさの解釈」は不要。
そこにスペックなんて関係ない。
その答えは目の前で盛り上がっている家族の笑顔や汗にあるわけですから。
そんなリアリティにスペック主義が敵うはず、ない。

任天堂のチームは「人と感覚が違った」からこそ、Wiiが作れたのでしょうか?
僕は彼らが「めっちゃくちゃ普通の感覚の人」だったからこそ、作れたんだと思います。
ゲーム会社に勤めて、ゲーム機を作っている、それこそが「普通じゃない」わけですよね。
そのズレを自覚できればできるほど、良いモノが作れるんだと、Wiiでは気づかされました。
ゲームを作っちゃう「変な人」なのに、「普通の人」の感覚で物事を見れるところが、すごい。
普通の感覚で作っているってことは、本当の普通の人にとって理解しやすいもので、使いやすいもののはずだから。
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# by aknrkym | 2009-07-03 15:44

デザインの現場 2008 06 P080

モダニストとダイエッターの類似性は大きい。
共に過去と訣別する勇気を持ち、眼差しは常に未来へ向かっている。
過去には戻れないという事実ーつまり時間の不可逆性を受け入れることが、未来を信じる力の基盤となる。

しかし 過去を無視するわけではない。
日々データを記録し、過去のデータを未来を築くために活用する。現状から目を背けてはならない。ありのままをモニタリングし、それを積み重ねることでつくりだされた膨大な過去の記録から、未来へつながる意味を見つけ出す。過去のデータに沿って現在をコントロールすることは未来をコントロールすることである。

明日はもっといい日になると、今日を抑制して生きる人には、進歩は必ず訪れる。
それが人類全体のスケールでも。
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# by aknrkym | 2009-06-29 21:56 | magazine

from AXIS 2008 06 p28

インダストリアルデザイナーになるためには、同時に3つの人間である必要があります。
ひとりはクレージーな人間。
そしてもうひとりは、そのクレージーな人間がすることを見ながら、それはダメ、
あれもダメ、と評価をする人間。
3人目は、そのふたりがやっていることを離れて見つつ、プロセスを管理する人間です。
自分がやることに即座に没頭してしまうと、アイデアの多様なバリエーションが生まれてくるのを阻むことになりかねません。
だから自分のクリエイティブプロセスには、冷めたオブザーバーがいるほうがいいのです。
自分のエゴを認識し、謙虚になり、新しいことには毎度怖れを抱く。
そうしないと、物事はすっかり間違った方向へ進んで行くものですから。
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# by aknrkym | 2009-06-15 19:13

Esquire 最終号 p100

デザインというのは、常にアンチデザインを抱合しています。デザインは進めば進むほど、
アンチデザインを提示していく。

このままではデザインに未来はありません。どこかで我々が変わらなければならない。けれど、デザイナー自身もどうやったら売れるかということだけに邁進してしまっている。あるいはせざるを得ないのかもしれません。
僕は今のデザインの価値観が一度、崩壊しないとデザインが伝える未来はないと思っています。
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# by aknrkym | 2009-06-04 21:57

from At Once 2008.09

家の名言

単なるマイハウスではなくてマイホームをつくるなら、それは育てていかねば「住まい」とはならない(建築家/清家清)
住宅は家具のようになる(建築家/芦原義信)
家のつくりやうは夏をむねとすべし(随筆家/吉田兼好)
家は中に住むために建てるのであって、外から見るためではない(哲学者/F・ベーコン)
われらの祖先の天才は、虚無の空間を任意に遮蔽して自ら生ずる陰翳の世界に、
いかなる壁画や装飾にも優る幽玄味を持たせたのである(作家/谷崎潤一郎)
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# by aknrkym | 2009-05-10 22:14

from 動的平衡/ 福岡伸一 p90

(中略)「ペニー・ガム」的な、インとアウトを付き合わせただけの線形思考からは、生命のリアリティは何も見えてこない。

これは何も消化管内だけのことではない。
世界のあらゆる場所に、容易には見えないプロセスがあり、そこではグジャグジャの、
つまり一見、混沌に見えて、その実、複雑な動的平衡が成り立つリアリティが生じているはずなのだ。

私たちはいま一度、それを直視するための勇気と、それを定量しうるだけの思考の解像力を求めなければならない。
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# by aknrkym | 2009-05-02 20:25

from no music, no life 2009 04


個人個人の自意識が、高度にかなり繊細に発達している時代の中で、
喜びや悲しみ、ないしはモヤモヤした人の心の奥でうごめいている様々な感情の渦を、
瞬間的にまたは永続的に開放させ、揺さぶるのが音楽。
自分を含め人間は、何かに夢中になったり新しいものにチャレンジしていく体力と情熱と、
そして成熟した大らかさを持ちながら、
一生懸命生きることが求められていくのだと思います。

(エレファントカシマシ 宮本浩次)
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# by aknrkym | 2009-04-30 22:12