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DAVID LYNCH

Realization is not something that comes from outside : It is the revelation of the Self, in the Self, by the Self.

(気づきとは、外部から得られるものではない。自分で、自分の中から、自分一人で得るもの。)
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by aknrkym | 2010-05-15 08:53

Numero TOKYO JUNE 2010 p158


米原康正のボップな東京文化人類学

「まわりはこんな考えで、こんな行動をとっている」と、まわりを(無意識に)意識しながら行動する受動的な人たちを僕は「普通の人」と呼んでいる。
そこを理解しておかないと、普通の人は「同じような考えをもち、同じような行動をとる人たち」という、
能動的な人たちのように見えてしまう。
普通の人たちの怖いところは、
流れてくる情報をなんの事実解釈もなしに自分の情報としてインプットしてしまうところにある。
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by aknrkym | 2010-05-05 18:01

歩きながら考える web 編集日記

January 23, 2010
ひらめきは、身体に宿る。


最近、誰もが「良いアイデア」をむやみに欲しがっているように思う。
発想力に関連したビジネス書や自己啓発本もよく売れているようだ。
確かに、急にそういう能力が身に着くのなら、私もぜひ欲しい。
けれど少し考えれば、「ひらめき」が小手先のテクニックで突然空から降って来るものではないことは、誰だってわかるはず。
本質的に「ひらめき」は、各自のセンスや経験や教養を空に投げ上げて、それを自ら受け止めるようなことではないかな、と思う。あるいは、ものをみる「眼」の精度を上げて、世界に潜んでいるキラキラしたものを発見するようなイメージ。

だから、いまこそ身体に内在する知の力を意識的に増やしていかなくちゃ、と思う。
未知の分野の本を読んだり、調べ物をするときに意識して大元の原典に当たってみたり。そういう作業って非常に地道だし、本のタイトルにもなりづらいけれど、自戒を込めてそんなことを考える。そして、その実際的な知力が、2010年の私たちにとっての新しい「教養主義」の形なのではないかと思ったりする。  



   
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by aknrkym | 2010-05-02 09:50

Roundaboutjournal vol.8


あるデザイナーなり、クリエイターなり、研究者なり、キュレーターなりという人がいて、
その人が自分の本業とは別にあるメディアをもつということのメリットは、
「自分が何に興味を持っているのか」というある種のリサーチであって、
もうひとつはその継続の中から自分の宣言なり、方向なり、あるいはテーマなりが生成的に浮かび上がらせるための方法である、と。
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by aknrkym | 2010-05-02 02:39

Roundaboutjournal vol.8


クリエイションって、その人の生い立ちのすべてだと思っています。
その人の生活に品がないと、作るものにも品性がない。どうしても現れてしまう生活環境の経験をいかに世の中に何か形として、メッセージとして残していくか。
(中略)
自分を表現するということこそが、実は社会に接続する方法。
山本里美/LIMI feu
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by aknrkym | 2010-05-02 02:04