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from no music, no life 2009 04


個人個人の自意識が、高度にかなり繊細に発達している時代の中で、
喜びや悲しみ、ないしはモヤモヤした人の心の奥でうごめいている様々な感情の渦を、
瞬間的にまたは永続的に開放させ、揺さぶるのが音楽。
自分を含め人間は、何かに夢中になったり新しいものにチャレンジしていく体力と情熱と、
そして成熟した大らかさを持ちながら、
一生懸命生きることが求められていくのだと思います。

(エレファントカシマシ 宮本浩次)
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by aknrkym | 2009-04-30 22:12

from NIKKEI DESIGN April.2009 p16

白以外の色を使うと、その色に意味があるのかと思われてしまうため、コンセプトが伝わりやすいように白を選んできた。
(中略)
現代の日本では、MUJIに代表されるような『ユニバーサル性』『謙虚さ』『無彩色』『ノーマル』『シンプル』が良いデザインの条件とされている。
その次にある“next”を提示したい。
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by aknrkym | 2009-04-22 00:07

by 新版 エヴァンゲリオン解読 そして夢の続き/北村正裕 著

P038
加持とミサトは、とまどい、たじろぐシンジを勇気づけ、視聴者にもメッセージを送る、水先案内人のような存在である。
加持は、シンジに、
「人は他人を完全には理解できない。自分自身だってあやしいものさ」「だからこそ人は自分を、他人を知ろうと努力する。だから面白いんだな人生は」(第拾八話)
と語り、まさにこの作品のテーマそのものを、あまりにもはっきりと宣言さえしている。

P087
他人と違う「自我」を形成するには、他人との接近が必要であり、また、他人との接近は、自ずから、他人を排除しようとする自我を目覚めさせる結果ともなるというわけだ。
そしてこういう矛盾の中での葛藤こそが、「生きる」ということであり、加持の言葉を借りれば、「だからこそおもしろい」ということになるのだ。

P122
(中略)
この対話の中のレイの台詞は、他人との接触から逃げて、自分の殻に閉じこもろうとしていたシンジに対する叱咤激励のメッセージであると同時に、作者から視聴者へのメッセージのようでもある。
作者は、この『新世紀エヴァンゲリオン』というアニメ作品が、単なる現実世界の代替物にされることへの不快感を、ここで露骨に表明していると見ることができる。
『エヴァ』は、現実世界の中で悩み、考え続ける作者の「真実」であるのだとしたら、
それは、現実世界を拒絶し続けようとするシンジと同じであり、自我喪失の危機にさえつながってしまいかねない状態である。
この作品で作者が追求しているのは、そういう「逃避」から逃れて、、他人のいる世界の中
で、他人の「現実」との葛藤の中でこそ形成される自分の真実、あるいは、その真実を追求するためのプロセスである。
(中略)
カヲルの「現実は知らないところに。夢は現実の中に」という声に続く、レイの「そして、真実は心の中にある」という声。
『新世紀エヴァンゲリオン』の集大成のような台詞である。

こうした、作者からの直接的な「メッセージ」は、「オタクによるオタク批判」などと呼ばれることもあったし、また、これによって『エヴァ』はオタク・アニメから離れて「社会派アニメ」に近づいたというような言い方をされることもあった。
そして確かに、ビデオゲーム等と同列にある単なる現実の代替品ではないという点では、『エヴァ』には宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』などに代表される「社会派アニメ」との共通点はあるかもしれない(中略)
しかし「社会派」芸術の主流とは、重要な点で大きくその方向性を違えている。
例えば『ナウシカ』が描いたのは、核戦争後の、機械文明の崩壊した地球を舞台にした、人類の新たな生存の可能性であり、『もののけ姫』が問題としたのは、人類と自然との共生の可能性であって、いずれも問題となっていたのは「自分」ではなく、「人類」であった。
そこでは「自分」は「社会」との関係においてのみ扱われるのである。その視点は、そういう意味では、「全体主義」と、何ら変わることはない。
では『エヴァ』はどうか。
『エヴァ』こそ、自分の殻に閉じこもることの空しさからの脱出そのものをテーマとし、「他人」との交流、交感によってのみ「自分」が形成されるのだという主張を全面に出し、
また、そうした自我形成が痛みをともなっても、なお、だからそれ故に、魅力的なことなのだという「メッセージ」を込めた作品なのだから、これこそ、一見「社会派」そのものであるかのようにも見えるかもしれない。
そこで追究されているのは、決して「人類」の未来ではなく、どこまでも「他人」という「現実」との関わり合いの中で形成されていく「自分」という「真実」、「心の中」の「真実」なのだ。
そしてこれこそが、従来の社会派アニメに決定的に欠けていたものであり、また、『エヴァ』の希有な魅力の本質なのだ。
そして、これこそ、本来の芸術が持つべき重要な要素であったのではないだろうか。

『エヴァ』のラストシーンには、明日の人類への指針など、微塵もない。したがって、時代によって変化する社会的価値観に負ぶさった評価など受けるはずもない。
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by aknrkym | 2009-04-19 08:53 | a book