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from R25, 2007 1.18

(「第47回 世界を切り取ろう」 より)

みんなはスクラップをつくっているだろうか?
新聞や雑誌、もちろんこのR25でもいい。
気になった記事を切り抜いてファイルするのだ。
自分でつくったスクラップはびっくりするほど役に立つ。もちろんネットのなかにも情報はある。キーワードをいれてクリックするだけで、検索エンジンがぞろぞろと関連情報を表示してくれるだろう。でも、ネットのなかにある未組織の情報群と日々自分で育てたスクラップには圧倒的な差があるのだ。
ひと言でいうなら、スクラップは応用がきくのである。自分で集めた情報は変形したり、圧縮したり、全く文脈の違う情報と結びつけたり、自在に使いこなすことができるのだ。

情報はそこに自分の好奇心や感情をどれだけ注げるかで、価値が変わってくる。おもしろいと感じて、どんどん情報のなかに分け入っていけば、さらにおもしろい情報が得られるのだ。そして、情報は世界のありかたさえ変える力を秘めている。
毎日世界をすこしずつ切り取るのは、なかなかおもしろい。
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by aknrkym | 2007-01-28 10:58

重森三玲語録(「重森三玲の庭」 図録より)

「ピカソが「今日を創造する」と言うことを主張していますが、私は作庭に当って今日の庭園を創作すると云うことに努力しています。

すべては今日より尊いものはあり得ません。今日は過去の継続ではありますが、過去ではありません。過去のあらゆる古典や伝統は十二分に研究もし、身につけなければなりませんが、それは、すべて今日を創造する為の栄養でしかないのであります。
この栄養のないところに今日は創造出来ませんし、創造したとしても貧弱なものでしかありません。

左様でありますから、過去の各時代の庭園は、すべて私達の栄養でありますが、さればと言って、過去の庭園の模倣や類型の定型は、絶対に退けなければなりません。」

(『刻々是好刻』 1974、 北越出版)
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by aknrkym | 2007-01-27 11:18

shu ha ri

守・破・離」とは、
伝えられしものを守る「守」。
やがてその殻を破る「破」。
そして新しい世界を創りだす「離」。

しかし根本に流れる精神は忘れないということ。


利休の精神を伝える利休百首に由来する言葉で、
そこには「規矩作法 守り尽くして破るとも 離るるとても 本を忘るな」と記されている。
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by aknrkym | 2007-01-21 00:47

from 食のクオリア

側頭葉には、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの様々な感覚が統合される連合野が存在する。
ここで、様々な記憶が融合され、さまざまな体験をエピソードとして記憶し、そして編集することによって様々な「意味」を見出だし、創り出している。
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by aknrkym | 2007-01-20 13:56

from 美の巨人たち 2007.01.13

Edward Hopper

観る者が10人いれば10通りの物語がある。
裏窓から盗み見るような、一瞬の観察者。そして名もなき風景をとどめる記録者。
繁栄の道を突き進むアメリカ。変貌を遂げるアメリカの姿を光と影の中で描き続けた画家。
大都会に漂う孤独と静寂を描いた。


ナイトホ−クス(1942)
夜更かしをする人々、たまたま居合わせてしまった眠れない人・眠らない人。
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by aknrkym | 2007-01-14 09:32

「複合スペース」未知の体験 好奇心を刺激

2006.11. 日経新聞 パルコ「WEBアクセス」編集長 高野 公三子 の記事より


デザインを生業とする会社が運営する、ショップのようなギャラリ−「複合カルチャ−スペース」が盛り上がっている。
東京の恵比寿にある「g2」は、アートとロックがテーマのショップ「TRIggER(トリガ−)」と、スペースデザイン事務所兼ギャラリ−「gift_lab(ギフトラブ)」が同居する、文字通りの複合スペース。服や小物に本、CD、DVDといった物販のほか、アート、デザイン、音楽などジャンルを越えて活動するクリエイタ−たちが共同で企画運営を行うギャラリー機能を合わせ持っている。
様々な業界で活躍するデザイナーや映像作家、イラストレーター、写真家、スタイリスト、サウンドクリエイタ−、インテリアショップやブックカフェのオ−ナ−らが折々に集う。そこに若い「予備軍」も混じる。「ここで何かが出会い、新しい創造が育まれる場でありたい。60年代のアンディ・ウォ−ホルのクリエイティブ・スタジオ『ファクトリ−』のような存在になれば」とオ−ナ−は話す。
広告などを手がけるデザイン事務所 good design companyが運営するギャラリ−スペース「(g)」は「世界中の良いモノが世界中の良いヒトに出会えること」がコンセプト。さらに12月には「作家と技術者を結びつける接点の場」をめざす「カ−ムアンドパンクギャラリ−」が東京の広尾にオープンする。
古いビルの一室をリノベーションし、スケルトンの天井や真っ白に塗られた壁など、かつて一世を風靡したカフェの内装にも似たスペースは、アート系フリ−ペーパーなどとともに、「時代を編集する」行為の新たな地平と言えそう。
口コミなどで出入りするようになった若者は、既成概念を超えた未知の体験を味わえ、全く新しいデザインと出会う可能性に好奇心を強く刺激されているようだ。
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by aknrkym | 2007-01-07 14:24

東芝社長 西田厚聡氏 講演の抜粋

2006.11.18 日経新聞 日経グローバルセミナ−より


「日本復活」 危機意識 革新の原動力
イノベーションは東芝の経営方針の柱。二十一世紀の技術革新は二十世紀よりも速く、過去の二 - 三倍の速度でイノベーションを続ける必要がある。
イノベーションを続ける必要がある。
イノベーション活動を動機づけるには「危機意識」が必要不可欠だ。将来は不確かで、ビジネスに携わる人間は様々な視点から物事を見る必要がある。現在と将来、既知と未知、実績と予想という相反する概念をバランス良く勘案し、試行錯誤を繰り返してこそ、正解が見えてくる。
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by aknrkym | 2007-01-07 14:07

カミ−ユ・クロ−デル 「クロト」

2006.11.16 日経新聞、美術家 やなぎ みわ の文 より


カミ−ユの造った「クロト」は特異である。ギリシャ神話でクロトは三女神の一人で、この姉妹は人の生死を司る。長女クロトが運命の糸を紡ぎ、次女ラキネスが長さを測り、三女アトロポスが刃物で断ち切る。しかし、このクロト像に、妹二人は存在しない。もともと一体の像として造られているのだ。
もう一つは、命の糸を自らの髪で紡ぎ出していることだ。女神が、人の命を自らの頭部から髪として吐き出しているのである。萎びた老身から紡がれる異様な量の長髪は、持て余され、のび放題、もつれ放題だ。女性が自らの髪で裸身を隠すのは定番のポーズだが、ビ−ナスなど若い女性の恥じらいの仕草とは決定的に異なっている。
かさぶる髪は顔をおおい、重みで頭は傾き、巻き付いた髪で足元もおぼつかない。大理石に彫られたクロト像はカミ−ユの精神的混乱と時期を同じくして行方不明になり、現在も観ることが出来るのは、石膏像のみである。
「自分自身の糸に絡まった老女」と語ったカミ−ユの弟ポールは、この像に姉の姿を見たのだろうか。自らの狂気を作品に昇華させる行為は、狂気を越えるエネルギ−を要するという真実に、カミ−ユはこの女神を生む格闘の中で改めて気付いたのかもしれない。(1893年、石膏、高さ90㎝、パリ・ロダン美術館蔵)
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by aknrkym | 2007-01-07 13:39

『雨ニモマケズ』  宮澤賢治

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテイル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキ小屋ニイテ
東ニ病気ノ子供アレバ
行ツテ看病シテヤリ
西ニ疲レタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイウモノニ
ワタシハナリタイ





雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫な身体をもち

欲はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きしわかり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子どもあれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行って怖がらなくてもいいと言い

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろと言い

日照りのときは涙をながし

寒さの夏はオロオロ歩き

みんなにデクノボーと呼ばれ

ほめられもせず

苦にもされず

そういう者に

私はなりたい
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by aknrkym | 2007-01-01 21:45