|
「デザインを通じて価値を高めるには、 無意識を意識化することが大切である。 無意識を意識化して思考を深くすることは、 偶然を必然に変えることでもある。 」 無意識にやっていることを意識化していくと、 偶然に生まれたすばらしいデザインを必然にすることができる。 つまり成功の理由が分かり、 成功の確率を高くできるのです。 # by aknrkym | 2011-08-17 06:50
アートだのコンセプトだの何だのと云々する前に、 まず生きることだ。 人生を賭けた魂の活動の、その酸いも甘いも頂戴し、 わたしは生き、楽しむ。 すべては生きることから始まる。 # by aknrkym | 2011-05-02 21:59
音楽は無くならない。 世界のひとりひとりがそれぞれに、 今日を悩みもがき生きる自分たちの背中を押してくれる新しいテーマソングを探し続ける限り。 音楽は無くならない。 誰かが誰かを好きになり、その気持ちを言い当てる歌を求め続ける限り。 音楽は無くならない。 人が感情を、その身体の中に持ち続ける間は。 # by aknrkym | 2010-11-02 16:05
大切なのは、 ものに含まれるメッセージがいかに周囲に影響を及ぼし、 ムーブメントともいえるような何らかの作用をもたらせるかどうかということ。 そこにデザイナーの役割があるように思います。 (中略) どのようなものをつくっていくのか。 そのことは、デザイナー自身がどう生きていきたいのかという問題意識に重なっている。 # by aknrkym | 2010-08-19 07:03
食材や調理法に関しての豊富な知識や違いのわかる鋭敏な舌。 たとえばそれをパーフェクトに身につけていたとしても、 食べる姿が美しい人の、その美しさ異常の説得力はないと思うのです。 # by aknrkym | 2010-08-18 06:18
生きるということは悩み続けることである。 悩み続けることが生きている証拠であり、幸せである。 決してしてはならないのは、 その答えを求めてはいけないことである。 # by aknrkym | 2010-07-17 15:56
「非風をまぜること」、 そこに生じるちぐはぐがかっこいいのだ。 でも稽古の末に得られるこの境地は、 ひょっとしたら、若い人がおしゃれにこりだして最初にすることからそんなに遠くないのではないだろうか。 若者はおとなの服を崩して着ることから服を着はじめる。 自分が何がおもしろくないのかよくわからないままに、 しかしやはり何かに対してどうしても抗ってしまう、そういう感覚がたぶん、 服のバランスを変えたり、わざとだらしなく着たりさせるのだ。 ファッションにはそういう意味で、はじめから不良性が、 いかがわしさがつきまとう。 もともと等身大のファッションなんてありえないのであって、 つねに背伸びするか、萎縮するか、 つまりサイズがずれてしまうのが人間だ。 パスカルは「不均衡」(ディスプロポーション)が人間だと言ったが、 ファッションは人間の存在のそのディスプロポーションをいちばん微細に表現するいとなみなのだ。 # by aknrkym | 2010-07-10 05:04
壁は破れたか 『パス捨てた人心一新』(阿刀田寛)
2年半に及んだ岡田ジャパンの旅は、29日のパラグアイ戦(プレトリア)が終着点となった。 岡田ジャパンの来し方を顧みながら、日本サッカーの行く末にしばし思いを巡らせてみたい。 (中略) 生き馬の目を抜くようなW杯の戦いで、彼らが身の丈に合ったスタイルを最後に身にまとったことは確かだ。 守備的な戦術の採用に伴う大会前の人心一新で、日陰の立場に置かれてきた一群が、競うようにミエを切った。 全軍に落ち着きを与えた阿部、ボールを前に運び続けた松井、1トップに抜擢された本田である。 監督が守備を固める断を下したのは、何より中村俊が不振に見舞われ、パスサッカーを貫けるメドが立たなくなったから。DFの側から見ても、その方が理にかなっていた。 ゴール前を固める中澤と闘莉王の2人の性質が、このチームに深めの陣構えを選ばせたようにも思える。 空中戦に強いが裏に弱い彼らのために、周囲のスペースを消す。 2人の前に阿部という門番を立てたことで、速攻にからきし弱かった守備網の破れ目が縫われ 負担の減った2人はヘディングで大活躍。 半面、後衛をひしひしと並べた分、前線との距離は遠くなる。双方に渡りをつけるボールの配達人として、つなぎで生きる中村俊よりも縦に往復できる松井は適役で、しかも当人があつらえたように調子を上げていた。 そして本田。大会に至るまでの代表戦でみるべき結果を残していなかったこのMFに、 監督は「彼には得点を期待している」と、繰り返し明快な定義を与え、擁護しながらも責任を背負わせた。 この異端児には「前線から相手ボールを追う」という攻撃陣のルーティンワークから半ば切り離し、異端児として遇した。 これまで信を置いてきた岡崎に監督が見切りをつけたのは、今の日本のFWに得点を望むのは無理があると考えたからだろう。 ある種の諦観と居直り。 「それがどうした」と言いたげな監督の太い態度が、本田の1トップに妙な迫力を与えた。 (以下、略) # by aknrkym | 2010-07-03 05:57
デザイナーとは
自分が何者であるのか、 何を生み出そうとしているのかを、 常に自分自身に問いかけ続ける職業であると思います。 その問いかけを必要とする理由は、 デザインと言う行為が、 自己矛盾をはらんだ刹那的なバランスの上に成り立っているからです。 デザインは、 人や社会の要請に応えるための、 広範な知識や価値観の統合作業であると同時に、 一方で、 創造の起点を内的な動機に依存する、 きわめて個人的な創作活動でもあります。 それ故にデザイナーは、 最初の一歩を踏み出すためのインスピレーションの元となる書籍を待望し、 ひとたび歩み始めてからは、 自らの位置とつま先の方向を、 歴史的かつ社会的に確認するための文献を必要とします。 この3冊は、私に啓示を与えてくれた光源であり、 居場所を教えてくれる地図でもありました。 「欲望のオブジェ」は、 教条的に批判されがちなデザインの資本主義的な役割について、 冷静な歴史的視点で解き明かしてくれました。 「世界で最も美しい実験」は、 実験装置のデザインを通じて、 偉大な発見をした科学者たちが、自ら の哲学的思索を現実世界に落とし込んで行くプロセスを教えてくれました。 「Design and the Elastic Mind」は、 人が作るものと人の肉体との間の生理的な交感を収集し、 様々なインスピレーションを私に与えてくれています。 # by aknrkym | 2010-06-22 23:40
建築というのは、つまり内部と外部を分けるものである。
内部と外部のあいだに、ある境界を設けるものだ、 それは簡単なようでいて、とても難しい。 (中略) 内部と外部は、0と1のようにはっきり分かれるものではない。 むしろ、内部と外部の間には、0と1のあいだにある無数の分数、白と黒の間にある無数の色の階調が広がっているのだ。 (中略) このぼんやりとしたグラデーションとしての境界を考えるときに、 切り分けることとつなぎ合わせることは、別々のものではないのかもしれない。 はなれていることとつながっていることは、別々のものではなく、 むしろ表裏一体で常に入れ替わっている。 さまざまなつながり具合、はなれ具合の領域が広がっている。 その時々によって刻々と変化する周囲の状況や人の動き、関係に応じて、 はなれていることとつながっていることとは入れ替わり変化していく。 # by aknrkym | 2010-06-12 04:57
|
カテゴリ
以前の記事
2011年 08月
2011年 05月 2010年 11月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 お気に入りブログ
最新のコメント
最新のトラックバック
おすすめキーワード(PR)
ファン
|