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生きものは、「普遍と多様」「偶然と必然」「合理と無駄」「正常と異常」など、 日常では対立概念にあるものを見事に取り入れています。 そして生き残りをかけて競争する一方で、 協力し合い、相互に関係し、依存し合ってもいます。 生きものがこうした矛盾を抱えた存在であるからこそ、 そこからダイナミズムが生み出されるのです。 矛盾に満ちていて、思いがけないことが起こり、予測することも不可能。 それがヒトも含めた生きものの本質です。 未来のことを考えるためには、まず「時間」の捉え方を変えてみることが大切なのではないでしょうか。 現在の私たちにとっての常識が、科学や科学技術文明の上につくられ、科学は機械論的な世界観の上に組み立てられています。そして機械論は「時間」を切り捨てることで発展してきました。ここにあるものの構造と機能がわかればすべて理解できるという考え方。そして、それを基に機械をつくり、便利にすることを進歩としたのが科学技術文明です。 (中略) しかし今、その300年成功した科学が行き詰まっています。 科学で人間や世界が捉えられると思っていたけれど、そうではないということが分かってきました。 今大切なのは、機械論的な世界観によって切り捨てられてきた「時間」の感覚を取り戻し、 それを基本においた世界観をつくることだと思います。 科学に、生きものの中に流れている時間を読み取るという視点がないうえに、様々な生きもの同士の関係を大切にする視点も欠けていると思います。 全体を捉える視点がないと言ってもよいと思います。 実は、細胞やDNAという小さな世界を調べていても、たとえばタンパク質ひとつがぽつんとあるのではなく、必ず何かとつながりながら見事なバランスをつくって存在していることがよく分かります。 (中略) 生きものとは時間を紡いでいるもの、そして時間を紡ぐそのプロセスにこそ意味があり価値があるのです。便利をすべて否定するわけではありませんが、私たちは何でも便利にしようとして時間を短縮すればするほどすばらしいという価値観をもつようになってしまった。 今私たちに必要なのは、便利さの限度を知りながら、時間を紡いでいくことの大切さを感じていくこと。 それが「生きもの感覚」です。 Q1.あなたにとってBASICとは? A1.生きるうえで最低限必要なものと、その質に関わること。 もし自分にとってそれが十分に満足できるものならば、 自分の夢や仕事などの高い目標やゴールに向かうための活力源になるでしょう。 Q3.あなたにとってTRENDとは? A3.トレンドとは私たちの刹那的願望を捉えたものですが、 ファッションにおいては、新たな美を私たちが探し続けるためにあるのだと思います。 なぜならファッションは常にクラシカルなものに 今の要素を加えて作られるからです。 過去の繰り返しではなく、未来へ開かれているものなのです。 To Be A Gentleman
トム・ブラウンが考えるジェントルマンの条件 -1- The most important things is to have your own sense of style. 自分自身のスタイル感覚がある -2- To have an easy confidence with yourself. 無理せずに自信がある -3- To make things look easy and effortless. 頑張りすぎず、自然体である -4- To think about others first in life in general. 他者を第一に考える -5- To be interested in a lot of things, and to be open to new ideas. To be open-minded to a lot of things. 様々なことに興味を持ち、新しいアイデアにオープンである 人は自分自身のことばかり考えることが多い。 ジェントルマンであるためには、 自分以外のことにオープンであることが重要だと思う。 自分のことが好きでなかったとしても、 他人のやっていることにオープンであるべき。 (中略) ジェントルマンであることに夢中になってしまってはいけない。 ジェントルマンであるということは、 時代に流されないこと、時代に流されずにファッショナブルであることが、 最も重要な部分を占めている。 毎シーズン変わるというファッションに動かされることは、 紳士的でないと思う。 「芸術の目的とは、一時的にアドレナリンを分泌させることではなく、生涯をかけて徐々に驚異と静穏の状態をつくり上げていくことである。」
ビックリさせたり、度肝をぬいたり、そういうことが芸術だと思いがちだけれど、そういう立場は、日常生活がタイクツなものだという考え方のウラ返しじゃないだろうか? いや、芸術論をするつもりはない。 暮らし方 way of living のことを話しているのだった。 POSTALCO の製品は、永く使われることを想定して作られていて、インパクトを与えようとか、目立とうとすることは(たぶん)意図していない。 それは、生活することを軽く見ないで、そこにこそ驚きや発見のよろこびやfun(たのしさ)をみつけようとする姿勢につらぬかれている。 鞄、というよりは“運ぶ”、手帖というよりは“書く”、モノのむこうに、ニンゲンの身体の動きがあり、行為そのものが、見えてくるようだ。 佐伯 誠/文筆家 手紙の返事を書くのが忙しくて 封筒を買いに行く暇もない (前略)
純粋に戦場であるような音楽がやりたい。 こんなことは言うのもアホらしいが、愛と平和の名の下に実際の戦争に反対するか、或いは逆に国家に対する誇りと自信を獲得しようという考えから実際の戦争に賛成するとか、そろそろ戦争が来るぞと平和ボケの大衆に警鐘を鳴らすとか、実際に起こっている世界のどこかの戦争を見てお前らはどう思うんだと問いただすとかいうつもりはさらさら無い。 僕にとって戦争とはこうやって反対したり推進したりイデオロギーによってコントロール出来るものなどではなく、ある日突如として不条理にやってきては否応もなく巻き込まれる悪夢的な存在で、一度始まってしまったらとにかく命がけで動き回る以外にすることは何もなく、とにかく自然に収束するまではそれが続く。 その間には膨大な意志と遂行、その頓挫と混乱が無秩序に繰り返され、死ぬか致命的な負傷を負うか、もしくはかすり傷ひとつなく済む。 そういうものだ。戦争はいつか来るだろうが、それがいつで、どうなるかなんて誰にも解らない。 軍事アナリストであろうと大統領であろうと役には立たない。 僕は戦争をそういうものだと思っている。 岡本太郎が帰国後、目の当たりにしたものは、奈良時代の仏教美術をはじめ、「日本の伝統」として今日恭しく語られている芸術のほとんどが、中国大陸や朝鮮半島から輸入された文化のこぢんまりとした亜流でしかなかったという事実であった。
そして、その価値と権威を支えているシステムの中に、現在に至るまで日本が抱える一種の「奴隷根性」的心性を見出し、絶望感に苛まれる。 そんな太郎にとって、51年の縄文土器との出会いはまさに青天の霹靂であった。 その奇怪さ、野蛮さ、力強さ。 太郎はそこに、原初的な美の力を看取する。 文学とは、人の心を打つもの。 生きている人間は未来を見つめていかなきゃだめだ。
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